読売ジャイアンツの第5代4番打者「前川八郎」のプロフィール
1936年、東京巨人軍に入団。7月1日に行われた初の公式戦2番・二塁手で先発し、途中沢村栄治をリリーフ後にまた二塁手に戻った。5打数2安打を放ったが、投手としては打たれ巨人初の公式戦敗戦投手ともなった。同年7月3日の対大東京軍戦でも、2番・二塁手でフル出場。二塁打で出塁して先制の得点をするなど巨人の公式戦初勝利に貢献した。
1936年から1938年までの3年間で18勝を挙げた。後にエースナンバーとなる背番号18を、巨人でヴィクトル・スタルヒンに次ぐ2代目としてつけた選手である。
2010年3月16日午前5時40分、埼玉県越谷市の病院で呼吸不全のため死去。満97歳没。巨人OBでは最高齢であり、また消息が判明している日本の元プロ野球選手の中でも最高齢だった(現在の最高齢は浅岡三郎)。
wikipedia内『前川八郎』より引用
2009年7月7日、巨人対横浜戦(東京ドーム)において、巨人軍創立75周年記念イベントの一環として、97歳で69年ぶりに後楽園のマウンドに立ち、巨人軍選手当時の復刻ユニホーム(背番号18)を着用して始球式を務めたのはいい思い出になったでしょうね。
「4番での通算成績」
①初試合
1937.9.25 対タイガース3回戦
②試合数
1
③打数
2
④安打
0
⑤本塁打
0
⑥打点
0
⑦打率
.000